新型コロナウイルスがもたらす社会の変化による子ども達への影響

 新型コロナウイルスの感染拡大により、日本中はもとより世界各国で混乱が生じ、今まで営んできた「当たり前の生活」を送ることができない日々が続いております。このような日々がいつまで続くのか…はたまた、新型コロナウイルスに対応した生活スタイルがスタンダードになってしまうのか…いずれにしても大人である私達への影響はもちろんのこと、未来に向かって発達を遂げていく子ども達への影響について、保育現場に従事する者としては考えられずにはいられません。

 

 その中でも、友達や先生等との関わり合いを通して「人の気持ちを理解する」「言葉のやり取り(コミュニケーション能力)」等々が育つことを考えると、新型コロナウイルスの感染症対策による「新しい生活様式」を取り入れた保育の営みは困難が生じることが考えられます。

以下の内容は、子ども達の育ちを第一に考えた上で感染症対策を行う難しさを感じている私自身の心境です。

 

 

 

 幼稚園が再開して先ず思うことは、子ども達にとって失われた3ヶ月(新入園児にとっては2ヶ月)の園生活を如何にして取り戻しつつ、これから送らなければならない「新しい生活様式」への対応と、その中での子ども達の「体験を伴う育ちの保障」です。

 

 政府が示す「新しい生活様式」は大人を基準にして考案された感染症対策です。ですから、しっかりと対応できるかどうかは小学生(主に高学年)がギリギリのラインだと思います。

 

 そもそもこの度示された「新しい生活様式」は、私達が危機的な状況におかれた事態を乗り越えるための一時的な救済措置のようなものだと考えます。しかしながら現段階では「新しい生活様式」の終わりは見えず、長期にわたって継続しなければならない可能性が高く、人との関わりを減らすことによる影響は、この先様々な観点から出てくるような気がしています。

 

 ところで、他者から「認められたい」と思う私達の社会的欲求は、周囲と協調しながら人生を歩む人間らしい営みを支えており、それは動物から進化を遂げた人間のみが獲得した「社会性」「協調性」といった能力の基礎となるものだと思います。そういった能力は「新しい生活様式」では発揮しにくく、場合によっては必要のない力となってしまう可能性もあり得ますが、ワクチンや治療薬が身近な存在になり、コロナウイルスとの上手な共存生活がスタンダードになると、本能的に社会的欲求を満たしたい気持ちから、人との関わり合いを求めるようになり、今までのような生活を営む時代に戻ることも十分考えられるでしょう。(個人的にも絶対に戻って欲しいと切に願っています…。)

 

 私達大人は社会的欲求をベースに、人間らしい人生を歩んでいくために必要な体験を幼少期から重ねてきました。その結果、このような事態においても今まで積み重ねてきた経験(信頼関係をベースとした人間関係等々)を活かし、SNSやリモートを活用しながら人との関わりを最小限に避ける生活はある程度可能だと思います。しかしながら、他者との関わり方を様々な体験(“遊び”や 喧嘩をはじめとする“いざこざ”等々)を通して身に付けていく過程を歩んでいる乳幼児期の子ども達にとっては、「新しい生活様式」は馴染みません。(リモートでは心と心が繋がりにくく、限界があります。)もっと言えば、その弊害として「社会性」や「協調性」といった力が身に付きづらく、結果的に人と関わる力を育むことが難しい状況になることも考えられます。そのような体験不足による、これからの人生の影響の方が長い目で見ると心配な点です。

 

 それでもこのような目に見えないウイルスと共存しなければならない非常事態では、乳幼児期の子ども達にとって馴染まない「新しい生活様式」を可能な限り求めていくことも、一方でやむを得ないことかもしれません…。乳幼児期の子ども達が自分の力で「新しい生活様式」を定着させることは難しいため、「新しい生活様式」を定着させ、継続していくためには、大人による強い指示や監視下でコントロールせざるを得ないこともあるでしょう。しかしながら、他者の気持ちを理解する力や社会全体を広い視野で捉える力が未発達な乳幼児期の子ども達には、人との関わり合いの中で次第に身に付けていくことが重要であり、決して奪ってはいけない成長発達に欠かすことのできない大切な体験と言えるでしょう。

 

 私自身も2児の父親として緊急事態宣言の期間は我が子と家庭で過ごす時間が長く、人との接触を避ける等の以前の生活とは異なる制限が多い生活を強いられ、親子共々落ち着かない日々を過ごしてきました。家族内の限られた“関わり合い”の体験は積み重ねてきましたが、当たり前ですが家族は他人ではないので、互いに自分の気持ちを押し通してしまうことができる“甘え合い”が許される環境なため、他人と関わり合う中で培われる「認め合い」「我慢」等の体験が不足してしまいがちでした。子ども達にとっては幼稚園や学校がそのような体験を保障する場であり、社会で生きていく上で必要な経験です。(兄妹での遊びや喧嘩等を通して人との関わり合いは保たれているが、最終的には許し合える関係なため、我慢のポイントを見失い、心のコントロールが上手くいかず、また、日に日にエスカレートしていく場面もあり、あまり良い時間を過ごしたとは言えませんでした。正直、学校等をはじめとする他人と直接触れ合うコミュニティの場の大切さを痛感させられました。)

 

 この度のコロナウイルスとの共存は、私達の生活様式をはじめ、「経済」「教育」「福祉」などの社会全体の“当たり前”の感覚が覆され、今までに経験したことのない新しい生活や文化を形成する必要が求められています。「教育」についても様々な議論が上がり、ウイルス対策を徹底しながら如何に子ども達の「学力」や「生きる力(非認知能力)」を保障していくのかについて、改めて色々な視点から考えるきっかけにもなっています。

 

 他人と接することをしないで、人の気持ちを分かる人間に育つことは皆無と言えるでしょう。「人と関わる」といった行為は、大人は言語でのコミュニケーションが頭に浮かぶと思いますが、年齢が低ければ低いほど言葉以外のコミュニケーションの方法が多くなり、その中でも肌と肌が直接触れ合う等のスキンシップは欠かすことのできない「人との繋がり」を深める行為と言えます。保育の現場では幼児同士をはじめ保育者と幼児が直接スキンシップ等をとる場面は山ほどあります。子どもの気持ちが不安定になり、涙を流したりする時には思いきり大人の懐の深さで抱きしめてあげたいものです。直接「触れ合う」ことを避けなければならない「新しい生活様式」ではありますが、保育現場においては中々馴染まない生活スタイルであることを、社会全体に対して理解を求めていきたいと思うと同時に、感染予防対策を十分に取りながらも、子ども達にとって必要な「新しい生活様式」では体験出来ない経験を、可能な限り保障していきたいと考えていきたいものです…。