「大切なあなた」へ送る”心の栄養” 〜乳幼児期にこそ「愛着形成」を…〜

 近頃、私達親世代にとって“ハッとさせられる”事件が後を絶ちません。特に虐待(ネグレクト)のニュースが飛び交うと、「両親(家族)の愛情に飢えている子ども」「本当は愛したいのに愛せない両親(家族)」の相容れない悲しい関係が浮かび上がり、「どちらも救う方法はないものか…」と悲痛な思いと社会構造の複雑さを抱かずにはいられません。

 

私達大人は子ども達が大人になるまでの間に「規則正しい生活のリズム」を身に付けてほしいと願い、家庭での“育児”や園での“保育”を日々葛藤しながら行っております。

“食事”や“入浴”を可能な限り決まった時間にしたり、就寝前は興奮させない為に“テレビ”や“DVD”等は避け、絵本を読んだりしながら静かに眠りに向かう等々、規則正しい生活習慣が身に付くよう、各家庭においても工夫をしながら忍耐強く“子育て”に奮闘されていることと思います。

 

 当然、生活のリズムを安定させる為に一日の流れを一定にし、形を整えることも大切ではありますが、もっと重要なことは「愛着形成の機会」をしっかりと保障することです。

人間は本能として集団欲から生まれる集団性があり、生きる形態として「仲間と繋がり合って生きる動物」と言われています。

ところが現在の世の中では人と繋がる喜びを感じる前に、「自分自身の安定(自我の安定)」という“人生”を支える上での重要な“土台”が構築されないまま大人になってしまうケースもあり、その結果、自分に“自信”を持てず、自分の“存在意義”もわからないまま世の中をさまよい続け、現代社会で起きている社会問題(動機の不明な殺人等々)へと発展してしまうケースもあるのです。

 

 「無条件にまるごと受け容れてくれる人の存在」なくしては、自分自身の安定を図ることができません。

その一番の役目は言うまでもなく“両親”(特に母親)であり“家族”であると言えるでしょう。

そして、当然園では“先生”(特に担任)がその役割を果たします。

大好きな両親や家族に拒絶されたら「世界に拒絶されたこと」と同じであり、反対に受け入れてもらえたら「世界に受け容れられたこと」と同じと考えても過言ではありません。

 

 また、愛着形成の機会はあらゆる日常の生活場面の中に潜んでいますが、分かりやすく誰しもが経験する一つの例は乳児期の“おむつ”です。

「自分で不快を感じた」→「それを訴えた(泣く)」→「人が来てくれた」→「気持ち良くしてくれた(おむつを替えてくれた)」このような一連のプロセス(過程)の中で、自分の感覚器官への信頼(自分への自信=自己肯定感)、頼んだら人が来て気持ち良くしてくれたという安心感(基本的信頼感)が得られると言われています。

しかしながら現代は“紙おむつ”が主流となり交換の回数も減ったことから、愛着形成の機会から得られる“安定”が獲得しにくい状況でもあります…。

その他にもテレビやDVD、スマートフォンやタブレット等による画面への依存から、保護者と対面する機会が減少し、結果、顔と顔を向き合わせた“コミュニケーション”が不足することで愛着関係を結べない…等々、本来自然な形で行われてきた行為が、社会の成熟と共に失われる機会が増加し、人間の本能でもある「人と繋がり合いたい」という欲求が満たされない結果として、大人の困ることをして気を引く子が増えてきているのが現状です。

とは言っても、“布おむつ”が主流の時代に戻ることは考えにくいので、このような状況を踏まえて試行錯誤しながら工夫することが大切ではないでしょうか。(紙おむつを否定しているわけではありません…。)

 

 そして、一番大切なことは、乳幼児期に「あなたが大切!」というメッセージを伝え続けていくことです。子ども達の心が安定し、充実した毎日を送る上で、心の底から「無条件に依存できる人=両親(家族)の存在」が大切です。

幼稚園には沢山の子ども達がおりますが、私達教師も「みんな大切!」の前に、「あなたが大切!」というメッセージを一人ひとりに伝え、子ども達を可能な限り受容し、自我が安定するよう努めていきたい…と思う今日この頃です。