自分らしい”こだわり”と人と共に”生きる力”

今回は卒園の時期が近づく年長児のエピソードの紹介です。

 

年長児のクラスを覗くと、卒園する記念に「幼稚園へのプレゼントを作る」という活動をしていました。

「自分達の園生活の歩みを形にして残したい!」という意見から、年長児として過ごした1年間をアルバムとして作成することになったそうです。

 

この日はグループ毎にアルバムの台紙を作り、その後台紙に写真を貼るところまで進める計画でした。

 

そんな中、1つのグループのやり取りを聞いていると、次のような会話が聞こえてきました。

 

 

Sちゃん「写真を斜めに貼るといいんじゃない?」

 

Yくん「どうして?」

 

Sちゃん「だって斜めの方がオシャレでしょ!」

 

Yくん「でも…斜めにしたら見づらいよ。」

 

Sちゃん「…。でも、斜めの方が素敵だよ!」

 

Yくん「斜めは見づらいよ…。」

 

Sちゃん「お願い!斜めにしよう!」

 

Yくん「でも…見づらいから…。」

 

 

このようなやり取りをしていて、中々意見がまとまりません。

 

二人の表情からは「どうしよう…」と、困った感じです。

 

グループ内の他の二人も、SちゃんとYくんのやり取りを見守るものの、解決の糸口が見つからない様子でした。

 

ついに困り果てたSちゃんが、私に「園長先生斜めがいいと思うけど、どうしたらいいと思う?」と尋ねてきました。

 

私は「たしかに、Sちゃんの言う通り”斜め”にするとオシャレで素敵だと思うよ。でも、Yくんの言う通り斜めよりも真っ直ぐの方が見やすいし…。だったら、ちょっとだけ”斜め”にしてみたら? あんまり”斜め”にし過ぎると見づらいから、ちょっとだけだったらどうかな??」

 

それを聞いたSちゃんが「Yくん、ちょっとだけ”斜め”でもいい?」と、優しい口調でお願いするように言うと…

Yくんは「ちょっとだけ”斜め”でいいよ…。」と、表情は若干不満そうではありますが、Sちゃんの意見を受け入れていました。

 

その後、私は一連の様子を振り返ってみましたが、果たして私のかけた言葉(援助)が良かったかどうか…。

と言うのも、結果として私の意見に決まってしまい、Yくんは本当にそれで良かったのか…?

 

私なりに、子ども達の世界に加入し過ぎないように見守りつつ、助けを求めてきたSちゃんに応えるために、二人の気持ちを十分に尊重した上で、自分なりの考えを伝えはしましたが…

 

このように「保育の援助の場面」においては、日々悩みが尽きません。

 

関わり方において「絶対にこれが正解」はありませんが、大切なことは子どもの「心の中」を覗き込むように内面を探ることだと思います。そして互いの思いをしっかりと受け止め、それぞれを「一人の思いや考えを持った人間として尊重する」ことを決して忘れてはいけません。

 

一方で”子どもの育ち”として今回のやり取りを見ると、年長児らしい確かな成長を感じることができます

 

それは、SちゃんにしてもYくんにしても「自分の思いや考え(意見)をしっかりと持って生きている」ことです。

 

更に、その自分の思いや考え(意見)を「自分の言葉で表現している」ことも、年長児の終わり頃までに育ってほしい姿です。

 

そして、それぞれの思いや考え(意見)が食い違い、「合意の形成ができない」「妥協点が見つからない」等々の様子が見られた時、身近の大人の力を借りながら意見の擦り合わせをし、100%の納得とはいかなくても、互いの思いを尊重し、みんなの意見としてまとめながら物事を前に進めていく力も育っているなぁ…と思い、私達の園で掲げている「育てていきたい子どもの姿」に近づいていることを、実感することができたエピソードでした。

 

※札幌ゆたか幼稚園では「自分らしく周囲の人と共に生きる喜びを見いだせるよう、子ども達一人ひとりの”心の根っこ”を支える」ことを、子どもの成長を支える”モットー”として掲げています。

 

自分の思いや考え(意見)を持ってしっかりと自己主張ができる「自分らしく生きる」ことは人として大切な力です。

でもそれだけでは他者からは「わがまま」と感じられ孤立してしまうことも…。

そこで、他者と共に生きる上で必要な「協調性・社会性」を身に付け、互いに「受け入れ」「受け入れられて」関係性を構築し、共通の目的やその達成のために協力し合い、喜びを分かち合うことも人として大切な力です。

 

社会の中で豊かに生きていく上で欠かすことができない「2つの生きる力」を、遊びや活動を通して乳幼児期から育むことが大切であり、その力を様々な場面においてバランス良く扱う力も、乳幼児期に上記のようなエピソードの場面を通して育んでいきたいものです。