参観日

 
参観日の朝、「参観日って何?」と、子ども達に聞かれることがあります。私は子ども達に、「幼稚園で毎日楽しく遊んでいるみんなの素敵な姿を、お家の方に見てもらう日のことだよ。」と答えます。その答えに子ども達は様々な表情を浮かべ、実際に参観日が始まると各々な姿が見られます。

「お家の方が見に来ても意識せず、日々と同様な姿を見せる子。」

「お家の方が来ることに嬉しくて仕方がない子(興奮したり舞い上がってしまう子)。」

「お家の方が来ることに戸惑いを見せ不安定になる子(涙を見せ、お家の方から離れられない子)。」

「お家の方が来てくれることは嬉しいが、見られることに不安があり、複雑な思いを見せる子。」

等々、子ども達なりに「参観日」を意識し、普段とは異なる「特別な日」を、まさしく肌で感じている様子が見られ、どんな姿であっても成長を感じることができます。

 しかし、そんな子ども達の姿を観ている保護者の方の表情から、「心の声」が聞こえてきます…。

「ちゃんと参加しなさい!」 

「先生のお話を聞きなさい!」 

「ふざけるのを止めなさい!」


「こっちを見なくていいから、前を見なさい!」 

「こっち(母の近く)に来ちゃダメ!」

「どうして家の子だけ参加しないのだろう?」

「集団生活に馴染めているの…?」 

「家の子は大丈夫…?」


これは、「みんなと同じように…」が基準となり、そこから少しでもはみ出している様子が見られると、つい焦りが出てしまうのかも知れません。

保護者の方の立場になって考えてみれば、お気持ちはよく理解できますが、あくまで参観日は、「家族の方が見ている状況の中で自分なりに自己表現する」ことが「ねらい」の一つであり、
参観日の子どもの姿に“良かった”“悪かった”等の答えは存在しない のです。 


また、担任教師は子ども達の育ちを願い、保育の「ねらい」を立て、様々な遊びの環境を意図的に仕掛けております。
幼児教育において大切なことは、「結果」だけを求めることではなく、その「過程」である「多様な体験」そのものです。

参観日においても、「きちんとできた」等、結果を求めるのではなく、とにかく子どもの成長をご家族の方と共感し、共有できることが大切なのです。

そのような心持ちで子どもの心境を受け止めてみると、上記のような保護者の方の思いも肯定的な捉え方に変わり、どのような姿でも、一人ひとりの「心の成長」を感じられるようになるのではないでしょうか。